2012年05月15日

痩せ我慢の説と鉄舟・・・其の六

■カテゴリー:[鉄舟研究]

痩せ我慢の説と鉄舟・・・其の六
山岡鉄舟研究家 山本紀久雄

榎本武揚を辰之口牢獄から赦免するよう、黒田清隆に働きかけたのは福沢諭吉であるが、既に黒田は五稜郭の戦いで榎本の才能を認めていた。

凾館戦争時も終焉に近づきつつあった明治二年(1869)五月十三日、新政府征討軍陸軍参謀黒田清隆は、五稜郭の総裁の榎本に降伏勧告書を届けた。だが、榎本は拒否し、その代わりに「兵火に焼くのはしのびない。活用して欲しい」とオランダ留学時代から肌身離さず携えていたオルトラン著「万国海律全書」、自らが翻訳書写し数多くの脚注等を書き入れた、当時の日本ではまだほとんど知られていなかった国際法の研究書であるが、これを戦災から回避しようと、黒田に差出したのである。

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2012年05月01日

2012年5月例会のご案内

■カテゴリー:[例会のご案内]

2012年5月例会のご案内

5月は高橋育郎氏と山本紀久雄が発表いたします
  
開催日 2012年5月16日(水)
場所  東京文化会館第二中会議室
時間  18:30から20:00
会費  1500円
発表者 
① 高橋育郎氏
       ドイツ・カールスルーエ独日協会合唱団「フリーゲル」招聘と生涯現役人生の実践
  ② 山本紀久雄
鉄舟は明治天皇に何を教育したか・・・その三

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2012年4月開催結果

■カテゴリー:[例会の報告]

4月開催結果と2012年5月開催についてご案内申し上げます。
    
1.2012年4月開催結果
 最初に現在、東京都写真美術館で開催されている「フェリーチェ・ベアトの東洋」展の紹介と、この会場に清河八郎暗殺犯の一人「窪田泉太郎」の写真が展示されていますので、窪田と鉄舟の因縁関係について解説いたしました。

 上の写真は長崎大学付属図書館の収蔵写真ですが、タイトルは「「甲冑を着けた武士」となっています。ところが、今回のベアト展では「窪田泉太郎」と個人名で表示・明確化しました。

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2012年04月08日

「痩せ我慢の説」と鉄舟・・・其の五

■カテゴリー:[鉄舟研究]

「痩せ我慢の説」と鉄舟・・・其の五
山岡鉄舟研究家 山本紀久雄

前号に続く福沢諭吉による榎本武揚批判に入りたい。
静岡市清水区興津の清見寺境内にある「咸臨丸殉難諸氏記念碑」に、榎本が〈食人之食者死人之事〉と揮毫、読みは〈人の食(禄)を食(は*む者は人の事に死す〉であり「幕府から家禄をもらっていた者は幕府のためなら死をも辞さない」という意味となる碑を福沢諭吉が見て、幕府の重臣でありながら新政府に仕え、高官に上った榎本がよくもしゃあしゃあと書けたものだ、という怒りを爆発させたことは既にふれた。

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「痩せ我慢の説」と鉄舟・・・其の四

■カテゴリー:[鉄舟研究]

「痩せ我慢の説」と鉄舟・・・其の四
山岡鉄舟研究家 山本紀久雄

江戸無血開城以後、恭順一筋で押し通した徳川藩は、慶応四年(1868)五月二十四日に駿府藩として禄高七十万石と新政府から通告され、藩主家達も八月十五日に駿府に到着、何とか安泰となって一応ホッとしたタイミングに大事件が発生した。

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