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2012年05月27日
生涯現役に奇跡の夢をかけて
生涯現役に奇跡の夢をかけて
2012年5月16日
高橋育郎
1.8月26日開催の「日独文化交流交歓会」
ドイツ・カールスルーエ独日協会合唱団「フリューゲル」
2012年 夏8月26日(日)日独文化交流交歓会開催
開演13:00 終演16:30
於 日本橋社会教育会館(人形町)8階ホール
国際親善で文化の交流を楽しみましょう。参加費無料です。
当館サークル団体のほかに栃木県上三川少年少女合唱団が参加します。
新曲「日本橋音頭」高橋育郎作詞 江村玲子作曲が披露されます。
主催 心のふるさとを歌う会 協賛 中央区 ドイツ大使館 日独協会
後援 日本童謡協会 日本生涯現役推進協議会 山岡鉄舟研究会
昨年は日独友好協約締結150周年。これを記念してカールスルーエでは日本の桜を150本植えました。
独日協会合唱団は、2002年3月に創設されました。日本文化をこよなく愛し さくらさくら わらべうた 日本民謡など幅広く歌っています。
指揮者 有馬牧太郎 東京藝術大学作曲科卒、カールスルーエ音楽大学声楽科卒業
ピアノ伴奏 江村玲子 東京藝術大学作曲科卒業カールスルーエ音楽大学歌曲演奏科卒業。 お二人はご夫婦で、ドイツの各地で大活躍されています。
「心のふるさとを歌う会」は NPO法人ライフ・ベンチャー・クラブ(日本生涯現役推進協議会)から1992(平4)年12月に誕生しました。
「笑顔と歌で元気なシニア」「思い出あたたかい」をモットーに
おかげさまで20周年を迎えようとしています。
主催の 高橋育郎は 日本童謡協会会員で作詞作曲をてがけ、歌唱指導 歌の歴史や心を伝えています。
一昨年11月3日「五反田ゆうぽうと」にての「全国童謡歌唱コンクール・グランプリ大会」で「大きな木はいいな」が金賞になりました。 今回、ドイツとの交流は このことが きっかけになりました。 お問い合わせ 高橋 043・271・1513
2.国際交流交歓会が実施されるに至る経緯
2010,11,3に開催された「全国童謡歌唱コンクール・グランプリ大会」(於 五反田ゆうぽうと)において作詞の「大きな木はいいな」が東海北陸代表 宮内麻理さんによって歌われ金賞になった。会場に山本紀久雄氏がおみえで、この結果をドイツ・カールスルーエの独日協会合唱団に伝え、そのことが今日につながった。
また、パリの日本人作曲家にもつなげていただき、これにより作詞の「きつねのよめいり」が作曲されて、宮内麻理さんが地元の各種コンサートで歌うにいたり、この2曲は交歓会においても宮内さんが歌うことになった。
また、今回の交歓会を記念して「日本橋音頭」を作詞。独日協会合唱団ピアノ伴奏の
江村玲子さんが作曲。振付 館山市の里見香華さん。
3.生涯現役と私
人の運命は最後の最後まで分からないもの。
私は昭和28年国鉄に入社。 62年 分割民営化により JRとなってⅠ年後の63年に退職。これを転機ととらえて第2の人生を180度転換させた。
第2の人生。音楽(歌唱 作詞作曲)をやって行きたい。 無謀な冒険に挑戦。
世間の荒波に木の葉の舟で漕ぎだしたとき、遭遇したのが 生涯現役を唱導している
ライフ・ベンチャー・クラブだった。
ここでイベントの仕事をはじめ、平成4年「心のふるさとを歌う会」をはじめることができた。日本橋社会教育会館。今年は20周年になる。
異業種交流の場でもあるこの会で、幾多の人との出会いと支援により、今日ここまでやってこられました。
「歌の会」を始めたことで翌5年、日本童謡協会に入る。作詞作曲に取り組むことができた。(協会に入る時「童謡に生涯現役の夢かけて」の論文が 啓蒙雑誌の懸賞論文に入賞)
13年に「大きな木はいいな」が童謡祭で歌われ、翌14年の全国童謡サミットで、この歌が「21世紀の愛唱歌」になって、カワイの「みんなの童謡200」に収録。
このことが、今回、グランプリ大会で歌われる元になった。
今年9月の童謡祭で 参加作品は10曲になる。内、最初の2曲は作曲。あとの
8曲が作詞。 私はいい作曲家に恵まれました。
国鉄在職中 作品の4曲がレコード会社から レコード化されて発売に。
(国鉄団体旅行ソング「シャンシャンいい旅夢の旅」 お座敷電車「なのはな号音頭」
房総の観光イメージアップソング2曲)日本音楽著作権協会に入る。こうした体験がイベント業に向かわせた。
4. 奇跡の作詞作曲家
人様から次第に作詞作曲家といわれるようになったが、私のような素養のない者には奇跡としか思えない。
小学校に入学した年、国民学校に変わって、戦時体制に入り、戦後新制中学まで学校において、音楽教育は一切ないまま過ごした音楽コンプレックス世代。
ところが歌好きは生まれた時からで、中学高校時代は美術部で通しながら、高校になって音楽に傾倒して行った。
作詞は、2年生のとき「銀座の夜空はネオン焼け」を作詞。3年生で「冬が来た」を作詞作曲。 そして奇跡を起こした。絵を描いていた男が、コーラスの指揮者になっていた。
高校卒後、国鉄に就職し 憧れの合唱団に入って、実地体験で音楽を学んだ。
ここで楽譜が読めるようになったことが、作曲する上に大いに役立ち、ピアノもなかった時代に頭に浮かんだメロディーを五線紙に書きとめることをした。
昭和40年 NHK「あなたのメロディー」で「機関士一代」が歌われアンコール賞。
この体験が,のちに生かされた。
5.夢を目標にする
人生、生きて行くには はじめに夢ありき。その夢を目標にする。目標にするとエネルギーが発生して、夢を実現させる力になる。夢を叶えるには勇気も必要。
誰でも知っていることだが あえていわせてもらった。
私は今年 喜寿を迎えた。歳はとっても夢の灯は消さない。これからも夢の灯りを灯し続けて行きたい。
2008年に「ああ武士道」を作詞作曲。そこに「風雪道を阻もうと 耐えて忍んで 実をとる」と書いた。私の生涯現役は いっぽうで障害現役でもある。何か事をなす時、障害に見舞われる。その障害をはねのけるとき、その力が夢を広げる力になるような気がする。
生涯現役は、自分の得意技に磨きをかけて世のため人のため生かすこと。学んだ知識をよく咀嚼して、自分のものにして社会貢献のため実践して生かしていく。実践力を身につけて、これを生きがいとしていく。実践は宝。生きがいを持ち、やるべきことをやることが若さを生みだす原動力となる。
以上
投稿者 Master : 2012年05月27日 12:08
コメント
「大きな木はいいな」との出会いが、「全国童謡歌唱コンクール」の出場となり、結果、高橋先生とのご縁を生みました。「紅葉する木の美しさに拍手してあげよう」いう詩は、先生のまさに生きる姿から出てきたものと思います。私は聴いてくださる方に、あの感動が伝えられるよう、これからも大切に歌っていきたいと思います。
投稿者 宮内麻理 : 2012年06月02日 08:26
樹の幹から次々と枝が伸び、花が咲き実がついていくように、夢が結実していく様子が語られていて素晴らしいです。
投稿者 富沢 穣 : 2012年06月02日 08:40