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2011年10月26日

2011年11月例会のご案内

山岡鉄舟研究会2011年11月16日開催についてご案内申し上げます。

開催日 2011年11月16(水)
場所  東京文化会館第一中会議室
時間  18:30から20:00
参加費 1500円
発表者 末松正二氏と山本紀久雄が担当いたします。

① 末松正二氏・・・「終戦工作」を12月例会に渡って二カ月ご発表頂きます。本年12月8日は、真珠湾攻撃70周年で、4年後弱の1945年8月に終戦となりました。この終戦を成し遂げた功労者は226事件で奇跡的に一命が助かった二人の海軍軍人であったという、実に不思議な因縁話しから展開されます。昭和史を改めて理解する絶好の機会ですので、ご期待願います。

② 山本紀久雄・・・今年は鉄舟が伊万里県に赴いてちょうど百四十年に当る事から、佐賀県美術館で特別展「山岡鉄舟」(平成23年12月~24年1月15日)が開催されますが、これに合わせ鉄舟が伊万里県(佐賀県)知事として赴任した背景を分析いたします。
    佐賀藩は薩長土肥という討幕軍の中で最も科学的に優れていた藩でした。その証明が上野彰義隊をたった一日の戦いで壊滅させた最大要因である「アームストロング砲」を、唯一製造し保有していた事からも分021.jpg
かります。
 
    020.jpg


   (佐賀城本丸歴史館展示)
   
 また、幕末時は名君鍋島直正閑叟(かんそう)が藩主で、借金だらけの財政を再建し、豊かな佐賀藩に仕上げ、討幕軍の主力として活躍したわけですから、「県内不穏」という理由で鉄舟が県知事として赴任するのは不思議です。
しかし、明治初年宮武外骨(明治〜昭和期のジャーナリスト)が、難治県として佐賀、鹿児島、高知、山口、石川、愛媛、酒田の7県を挙げているように、明治維新に貢献した薩長土肥の四県が難治県となった理由、特に佐賀県が難治県のトップに挙げられた背景と、鉄舟がどのような治世を行ったのかについて解説いたします。

3.12月例会は以下のように開催いたします。
開催日 2011年12月21(水)
場所  東京文化会館第一中会議室
時間  18:30から20:00
   発表者 末松正二氏と山本紀久雄が担当いたします

① 末松氏のご発表は11月に引き続き「終戦工作」です。

② 山本紀久雄の発表は、鉄舟研究を行います。
以上

投稿者 Master : 2011年10月26日 11:49

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