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2007年05月25日

5月例会記録(2)

■山本紀久雄氏

「鉄舟の結婚」

 大森曹玄さんの『山岡鉄舟』という本を読むと、大森さんは頭山満の長男である頭山立助さんを「今もって生きて会った人物中の第一人者と信じている」と言っている。その立助さんの親が頭山満である。中村天風の著書の中に出てくるが、外国からライオンが来て、その檻の前に人が行くと吼える。しかし、頭山満と中村天風が行くと猫のようにじゃれついてくる。そういうもの、人間として深い何かがある。人間の持っているものが違う。

 今、武士道が大流行。武士道を教育する会社ができた。幹部社員や店長に新渡戸稲造の武士道を教えている。悪くはないんですが、それについて東大の菅野教授が、裏を返せば今の日本人の主体性のなさを教えている。右に倣えで武士道を賛美することは、自らの信じる道を、武士道を築き上げた武士道の精神に反するという意見もある。藤原教授は、忘れ去られていた「恥」といった言葉に触れるだけでも前進、ということを読売新聞の一面に書いてある。

 5月1日にフランスでサルコジとロワイヤルが、大統領選のテレビ討論をした。話された内容は、失業率、外国人の移民の話、金持ちが外国に行ってしまう、治安問題、すべて国内問題に終始していた。
 グローバル化の時代にロワイヤルがその話題を出していた。当選したらサルコジがブッシュに電話して、「同盟国に恥をかかせるようなことはしない」と言った。イラク戦争の開始のときに、世界中の国の中で、フランスは「攻撃しない」と言った国の代表。アメリカに立ち向かった国。
 このとき日本もアメリカの追随じゃなくて、独自の外交政策を出すべきではないか、という質問が出た。安倍首相のブレーンである岡崎冬彦さんは「その気持ちはわかりますが、国益がまず大事。グローバル化しないと経済成長しない。」と言った。
 サルコジは当選したら、フランスは競争社会にしていくと言い、ロワイヤルの支持者が怒って暴動を起こしている。経済成長すれば税収が増える。

 トヨタの営業利益は2兆円で、日本国内の売り上げが落ちているので、外国で稼いで、日本に税金を納めてくれている。これがグローバル化でしょう。グローバル化が日本のフランスの経済成長のために必要なこと。世のため、人のため、にグローバル化するということ。
 国が成長しなくて、どうして一人一人の生活が豊かになるか、とサルコジは言っている。それに対してロワイヤルは国内問題に終始した。その違いです。
 ペリーが来て日米和親条約を結んで、その後佐倉藩の堀田正睦は、開国やむなしと日米通商条約を結んだ。日本が鎖国していては日本はやられてしまう、グローバル化しないといけない。堀田正睦は世界の情勢を知っていたのだ。

 日本の生きる道はグローバル化です。経済成長しないとだめ。今や日本はGDP一人当たり4位です。以前は二位だった。イギリスは「ゆりかごから墓場まで」という豊かな福祉政策を止め、競争社会に切り替えた。国全体を良くしたければ、経済成長です。そうすれば、若い人も年金を貰えます。日本全体が沈みこんだら、日本は消えていきます。

 健康倶楽部の例会があった。100名くらい来て立ち見席が出るくらいの盛況であった。美貌の哲学者池田晶子さんの話をした。池田さんは「人間は病気で死ぬのではありません。生まれたから死ぬのです」と言った。生まれたら死ぬに決まっている。だったら死ぬまでどう生きるかという人間の全体のはなし。そのためにどうするか。池田さんは考えることをしてほしい、といっている。上米良さんのお話にあった片岡鶴太郎さんが日々行ったことを話せるのは、片岡さんが考えているということ。

 スパゲティ・ボロネーゼ発祥の地、イタリアのボローニャに行きました。
通訳ができる人がたくさんいる町では、価格競争が始まる。ボローニャは通訳が一人しかいない。
 ボローニャはボローニャ国だった。世界最古の大学があって、旧市街はレンガ造り。歩道の上に全部屋根がついている。これを回廊という。1200年代から学生が住む家が少ないので歩道の上に柱を立てて、部屋をつくった。   
 全部の歩道40キロにわたってできている。90メートルとかの高さの塔がある。金持ちが作った塔で一時は200本のレンガの塔があった。戦争のときに、イタリアはアメリカ軍に攻撃を受けたが、街並みを復活させている。
 小さい機械会社がいっぱいある。日本は機械を輸入している。日本から、「輸入した機械が動かなくなった、壊れた」と連絡があり、ボローニャからメーカーの人がわざわざメンテナンスに行った。
 その会社に行って機械をみた瞬間「こいつら馬鹿か!」「こんな簡単なもの誰でもなおせる。日本人は考えないのか!」とボローニャの人が言ったという。日本人は考える力が落ちている。
 43年ぶりに全国一斉テストとして国語AB・算数ABをやった。Bテストは考える内容になっている。こんな授業はやっていないから生徒も先生も大変。A20分、B40分は記述式。文章にしなくてはならない。書くことは考えること。それが落ちているから文部省が始めた。

1.山岡静山の死

 静山さんはなぜなくなったか。心臓が悪かった。2つ説があり、徹底的に修行をしたためになくなったという説。知人が隅田川で水泳やる、その時にだまされて殺されそうだと聞き守るために行って、死んでしまったという説。
 いずれにしても心臓が持病だった。そこに無理した修行が命を縮めた。27歳という若い死だった。

2.蓮華寺の妖怪

 静山さんのお墓、蓮華寺に妖怪が出ると近所で言われて、夜中に鉄舟が行って確かめた。羽織・合羽(2説ある)を静山のお墓に掛けて、「鉄太郎が参りました、ご安心ください。」といった。静山は雷が嫌いだった。

3.鉄舟の山岡家相続・・・跡目相続、家督相続

 山岡家の家督相続をしないといけない。当時、誰でも鉄舟がいい、と思うでしょう。静山がもっとも敬愛していたのが、鉄舟。鉄舟も静山を敬愛していた。しかし、鉄舟が跡を継ぐのは難しい。
 家督相続と跡目相続の区別が必要。家督相続は主が存命中に相続すること。跡目相続とは主が死語に相続すること。従って鉄舟は家督相続。静山を継いだ信吉は跡目相続だった。信吉は口が利けなかったので、公務が出来ない。そこで信吉に代わる誰かが必要だった。

4.鉄舟が家督相続するための問題点
①家格の違い

 山岡家と小野家では家格の違いがある。鉄舟の小野家は600石の旗本。静山のところはお目見え以下、お目見え以上と以下の家は大きな違いがある。山岡家から、鉄舟に話を持っていけない。名門の小野家600石の跡取りを百俵2人扶持の家に来てくれとはいえない。来てもらいたくても武士ならそんなことはいえません。


②鉄舟の人柄
 鉄舟は気にしないから、頼んだとしたら引き受けてくれるから、それを知っているから、尚更いえない。武士の精神とはそういうもの。

5.問題点を打開した山岡英子の恋心
 この問題を打破したのは英子さんの恋心。あまた弟子のいる中で、英子さんは鉄舟を選んだ。16歳の一途な気持ちを言った。
 自分の家を自分の行動を自分で良くしていくということです。家格や鉄舟の人柄、家族の気持ちを考えていたら進まないわけです。英子さんは自分の思いをとげるために行動に移した。山岡家はこの人しかいない、という思い。それが見事に鉄舟を作り上げた。鉄舟が山岡家を継がなかったら、どうなったでしょうか。自分の環境は自分で作る。あきらめてはいけない。

 5月に泊まったパリのホテルは、部屋も小さいし、壁も薄い。旅行社にお願いしてお金を払ってしまった。このまま嫌な気持ちだと支払った2万6000円の価値が下がる。自分自身がもったいない。そこでドーフィンヌホテルはどんなホテルか調べた。
 パリ、シテ島の先端にドーフィンヌという広場があり、ポンヌフ橋がかかっている。アンリ四世の騎馬像がある。このドーフィンヌ広場の目の前のレストランの上に、かのイブ・モンタンが住んでいたことがわかった。
 パリで、大金持ちに取材しにいった。若い頃にドーフィンヌ広場に住んでいたという。イブ・モンタンも住んでいたんですよねと話すと、KENZOにも会った、と話が弾む。
 ホテルに戻りフロントに聞くと、インターネットは無線でできる。何時間やっても無料。ボローニャでインターネットをやったら1時間8ユーロ。パリは24時間無料。良いホテルだなぁと一瞬にしてドーフィンヌホテルは最高のホテルになった。

 自分で自分の付加価値を変える。有数の金持ち、ミッテランも住んでいたと聞き、良いところに泊まっているなぁ~なんて気分がよくなる。好意的に物事が目に映る。自分の工夫によって、価値観を変えていくことが大事。人生を楽しく生きる。
 今日も楽しい、明日も楽しい。楽しみは誰かが与えてくれていると思っていませんか?それはありません。何かあったら、環境は自分に与えられた条件、条件を整備するのは自分の内部にある。これは森田さんから教えてもらった
 情勢判断学の極意です。昨日はまずかった朝食も今朝は美味しい。

 問題を打開するのは自分。英子さんは本当に山岡家を残すためには適切な人に家督相続していく必要があるという気持ちで親に伝えた。

 サルコジと一緒で、フランスを良くしようと思ったら、アメリカと仲良くするしかない。いろいろ反対はありますが、グローバル化に踏み切った。
 日本大企業の3月好決算は、すべて外国で稼いでいる。そういう時代。その税金で生活している。グローバル化が当たり前。

6.家督相続するための前提条件・・・高山時代に江戸に戻っているか

 鉄舟の本をたくさん読むが、種本があるので、ほぼ同じことが書いてある。その中で疑問を持ちたい。
家督相続するには、鉄舟に何かなければだめ。誰でも侍同士結婚できるのか、というと幕府の法律で、義務教育がないとだめ。どこで義務教育するかというと、10歳くらいから家で儒教の勉強をして、11歳から手習い所に行った。
 関西は寺子屋、関東は手習い所、と言ったというのは、『半七捕物帳』を書いた岡本綺堂の本で知った。

 合格試験は昌平坂学問所で行われ、そこに13歳の武士の子は集められる。11月、朝4時から林図書頭の前で、一人ずつ「師のたまわく~」と試験を受け、合格した人は、聖堂に来なさいと連絡がある。落第した人は翌年も受けるが3回落第したら、武士ではない。養子の口にも掛からない。そのような制度があった。

 鉄舟の本を読むと高山に10歳で行って、17歳で江戸に戻って来た。7年間江戸に戻ってこなかったのか?義務教育を終了していないと養子にいけない。
 資料がないから、インターネットに書いてないから、わからないという人がいる。インターネットネットから移すのは簡単。その中の裏にあるものを探すのが研究です。鉄舟は江戸に剣の修行で戻った形跡がある、と書いてある本が1、2冊ある。記録がないから確証はない。家督相続の話をしたときに、幕府の教育制度を岡本綺堂の本を読んで思った。鉄舟は13歳で江戸に試験を受けに来ていると思う。誰も書いていないが、考えたら簡単なこと。鉄舟以外のことを調べればいいんです。江戸の旗本の教育はどうなっているか、13歳の11月に湯島の聖堂で試験がある。試験は高山では受けられない。それを考える。

 人間生まれたから死ぬんです。人生考えて生きましょう。そういうことを鉄舟から教えてもらっている。

 来月は明治神宮に行かせていただく。神道は仏教の前からあった。我々に染み付いている。それを明治神宮で感じることをしたほうがいいのではないかな。

【事務局の感想】
 「人間生まれたから死ぬんです。人生考えて生きましょう」
 鉄舟以外の勉強から、鉄舟を研究する。その結果が、今月は上記の言葉になりました。鉄舟の種本からとったほかの方々とは違う点が、山本さんの鉄舟研究も面白さであり、魅力であると思いますが、参加の皆様いかがでしょうか。

投稿者 staff : 2007年05月25日 15:34

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