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2003年05月20日

山岡鉄舟 年譜

■山岡鉄舟 年譜
天保七年 1836 一歳
六月十日、御蔵奉行小野朝右衛門高福の四男として生まれる。

弘化元年 1844 九歳
久須美閑適斎に就いて真影流を学ぶ。

弘化二年 1845 十歳
七月一日、父高福、飛騨郡代に転任、鉄舟父母に同行す。

嘉永三年 1850 十五歳
書道の師、岩佐一亭より入木道五十二世を譲られ、一楽斎と号す。

嘉永四年 1851 十六歳
九月二十五日、母磯、高山陣屋に病歿す。
十二月、父の招請により北辰一刀流井上清虎、高山に到着。

嘉永五年 1852 十七歳
二月二十七日 父高福、高山陣屋で病歿す。七月二十九日、五人の弟を連れて、江戸に帰着す。

安政元年 1854 十九歳
山岡静山に槍術を学ぶ

安政二年 1855 二十歳
静山急死のあと、山岡家の養子となり、静山の妹英子と結婚す。

安政三年 1856 二十一歳
講武所世話役となる。

安政六年 1859 二十四歳
天下の大勢を観望し、尊王攘夷党を起こし、清河八郎と結ぶ。

文久二年 1862 二十七歳
浪士取締役となる。

文久三年 1863 二十八歳
将軍家茂の先供として新徴組浪士を率いて上洛、間もなく江戸に帰る。浅利又七郎に剣を学ぶ

明治元年 1868 三十三歳
三月、慶喜の命を受け、東征大参謀西郷隆盛と静岡で会見、徳川家の安泰を約す。

明治四年 1871 三十六歳
十一月、茨城県参事に、十二月、伊万里県権令となる。

明治五年 1872 三十七歳
六月、明治天皇侍従となる。伊豆三島龍澤寺の星定和尚について参禅す。

明治六年 1873 三十八歳
五月、皇居炎上、淀橋の邸より駆けつける。宮内少丞に任ぜられる。

明治七年 1874 三十九歳
三月、西郷南州説得のため、内勅を奉じ九州に差遣。

明治八年 1875 四十歳
宮内大丞となる。

明治十一年 1878 四十三歳
八月、竹橋騒動に御座所を守護す。
明治天皇、北陸、東海地方御巡幸に供奉す。越中、国泰寺越叟と相識る。

明治十三年 1880 四十五歳
三月三十日、払暁大悟徹底。適水和尚の印可を受く。剣の道も無敵の極処に達し、無刀流を開く。

明治十五年 1882 四十七歳
三月、戊辰の際『西郷と応接の記』を書く。
六月、宮内省を辞任す、されど恩命により、宮内省御用掛となる。

明治十六年 1883 四十八歳
普門山全生庵を谷中に建立す。清水に久能寺(鉄舟寺)の建立を発願す。

明治十七年 1884 四十九歳
五月、白隠禅師の国師号宣下に尽力す。

明治二十年 1887 五十二歳
五月、華族に列せられ、子爵を授けらる。

明治二十一年 1888 五十三歳
七月十九日午前九時十五分、坐禅のまま大往生を遂ぐ。
七月二十二日、谷中全生庵に埋葬される

投稿者 Master : 2003年05月20日 13:16

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